Interview vol.4 西嶋徹、田辺しおり
Musilogueインタビュー feat. 野崎良太、西嶋徹、田辺しおり
――西嶋さんはJazztronikの初期作品をはじめ近年ではアルバム『Cinematic』に参加するなど、野崎さんとはかなり長い付き合いになりますね。
西嶋徹(以下、西嶋) そうですね。はい。
――田辺さんはどんなきっかけでこの企画に参加したのですか?
田辺しおり(以下、田辺) レコーディングでご一緒したのは今回が初めてです。Jazztronikの作品(アルバム『Keystone』)に参加した箏奏者の明日佳ちゃんから紹介してもらったのがきっかけですね。
――今回はMusilogue Music Showcaseの第4弾となる企画ですが、アルバム『飛鶴/Hizuru』は第3弾のアルバム『秘色の雨/The Rain of Secret Color』に先がけてダイジェスト版が発表されました。これまでになく事前に準備して取り組んだプロジェクトなのでしょうか?
野崎良太(以下、野崎) Musilogueというプロジェクトでいちばん最初にやってみたいと思ったことをカタチにしたのが今回の企画です。事前に準備した、というよりは前もって参加ミュージシャンのスケジュールを合わせる必要があった、ということですね。
――メンバーも総勢9名と、今回はかなり大がかりな編成ですね。
野崎 そうですね。Musilogueというプロジェクトではこれまで3つのアルバムを発表して、どれも素晴らしい作品に仕上がったと思っています。ただ『飛鶴/Hizuru』のように和楽器奏者がこれだけ参加しつつ、これまで参加してくれたミュージシャンも集合して、というオールスター的な作品は今回が初めてなので、前もってきっちり作っておこうという気持ちはありました。あと和楽器チームにとって、今回のセッションはこれまでの音楽人生からしたら未知の世界なわけです。だから田辺さんや明日佳ちゃんとは事前にリハーサルを重ねる必要がありました。
――西嶋さんは今回のオファーを受けた時どう思いましたか?
西嶋 何も知らずに喫茶店に呼ばれて。野崎くんから「尺八と箏とセッションするから」と言われて(笑)。その時点では全貌がまったくわからなかったですね。
野崎 僕のなかでは2年ぐらい先までのストーリーが出来上がっているんですが、説明が足りませんでした(笑)。
田辺 たしかにリハーサルをやっていて「私はいま何やるんだろう…」みたいなときがありました(笑)。
西嶋 そうなんだ(笑)。だとしたら、田辺さんの根性はすごいですよ。
野崎 そう。根性もすごいし基礎的な技術がしっかりしている。
西嶋 ふつうだったら「できない」と投げてしまいそうなところをなんとかする。
田辺 いえいえ、そんなことはなくて。単純に「みなさんと同じ空間にいたい」という気持ちが強かったんです。「好きに吹いていいよ」と言われて、最初はわけもわからず吹いていたのですが、そこで引き出された音がすごく心地よくて。これは初めての経験でした。だから「たとえ上手くいかなくてもここにいさせてもらいたい。食らいついていきたい」と思って演奏しました。
野崎 今回は西嶋くんに参加してもらったほうが絶対にいい、と思っていました。西嶋くんなら田辺さんや明日香ちゃんに的確なアドバイスをしてくれるんじゃないかな、と。ミュージシャンとしてキャリアが豊富で、今回のメンバーをまとめられるミュージシャン、しかもベーシストというと西嶋くんしか思い浮かばなかった。ということで、とても忙しい人だから事前に連絡してスケジュールを空けておいてもらったんです。
――西嶋さんがバンドリーダー的な役割だったんですね。
野崎 そうそう。西嶋くんがいたら僕もだいぶ楽できるし!?(笑)
西嶋 え!?(笑)
田辺 リハーサル中には音楽理論のプチ講座みたいなお話を聞くことができて、たくさんヒントをいただきました。
野崎 そういう観点からアドバイスできる人は西嶋くんぐらいしかいない。
西嶋 いえいえ、そんな…。でも光栄ですね。たしかにふだんジャズの世界にいて、即興演奏メインで活動している人となら何の違和感もなくセッションできるんです。一方で、田辺さんのように純邦楽の世界で活動してきた人にとっては即興演奏って本当に未知の世界ですよね。だから、これまで西洋音楽の流れで即興演奏もやってきた僕なりの経験や演奏のコツ、そしてアイディアを説明できれば一緒にやっていきやすいかな、と思いました。もちろん即興演奏の経験がそれほどなかったとしても彼女の音楽は素晴らしいと思いました。和楽器の持っている音色にとにかく痺れたし、楽器そのものが持つ歴史や、彼女が持つ音楽の世界に深遠なものを感じました。だから、リハーサルを通じてそれらを普段とはちょっと違った形で表現してもらって、お互い音楽的なコミュニケーションがとれるよう、調整したつもりです。そういう試行錯誤をしていくなかで新しいものが生まれると思っていたので。
野崎 いま西嶋くんが言ったとおり、尺八の音色の個性はすごいですよね。
西嶋 1音吹いただけで、そこに膨大な情報が詰まっているんですよね。尺八の音が表現するニュアンス、それは西洋音楽だとある意味デジタルというか、音符1個で済まされちゃうものなんですが、尺八の1音には無限の情報が織り込まれている。そんな和楽器の音色と西洋音楽の仕組みがうまく合体できたら、僕ら日本人同士がセッションする意味も深くなりますよね。
野崎 ちなみに、これまた興味深いことに、僕や西嶋くんが感じている尺八や箏の音色の魅力って、演奏している本人たちは意外と認識されてなかったりするんですよね。
西嶋 そうそう。
田辺 そうなんです。「え?これがいいの!?」みたいに思ったりしました(笑)。
西嶋 そうやって演奏者同士が交流するからこそシナジーが生まれるんですよね。
田辺 そうですね。私としては今回改めて尺八という楽器と自分自身が向き合ったというか。今回のセッションに先だって、自分でも尺八でどんな表現ができるかストックしておこうといろいろな尺八の音源を聴いて野崎さんや西嶋さんと共有しました。私としては「いかにも尺八」というオーセンティックな演奏よりは、もっとモダンで洗練された演奏のほうがいいんじゃないか、雑音とかもなくしていったほうがいいんじゃないかと思っていたんです。でも野崎さんや西嶋さんが「いいね」とおっしゃるポイントはそこではなくて、あえてかすれた音で吹いている時だったりして。それが自分にとっては新しい感覚でした。
西嶋 自分がふだんやっていることのすごさって、意外とわからなったりするよね。
田辺 それを「そのままでいいんだよ」としてもらえたことがすごく嬉しくて。そういう思いで吹いた音が野崎さんや西嶋さんたちの演奏と重なることで新しい世界を表現しているように感じられて。本当に貴重な経験をさせていただきました。
――今回のアルバム『飛鶴/Hizuru』は西洋音楽と純邦楽の合体という大きなテーマを持ちつつ、実際に聴くと両者がまったくといっていいほど違和感なく溶け込んでいる印象を受けました。ここまでたどり着くには相当な試行錯誤があったのでしょうか?
西嶋 もちろん試行錯誤はありましたが、一方でシンプルに、余計なことを考えずにそれぞれができることをやった結果ともいえます。
野崎 結局、僕ら西洋音楽の文脈でセッションをすると田辺さんや明日香ちゃんは「そこと同じことをしよう」「そうじゃないとダメなのかな」という気持ちが働いてしまう。こちらとしては、それ(西洋音楽)は知識として覚えておけばいいことであって、こっちと同じような世界観に寄り添う必要はないよ、ということですね。
西嶋 そう。シンプルに、自分のふだん持っているもので勝負しました。でも「単にやった」だけでは終わらないように、ふだんセッションする機会の少ない楽器の音にどれだけ耳を澄ますことができるか。僕が慣れ親しんでいる西洋音楽のフォーマットにあてはめるというよりは、和楽器の音色をよく聴いて、セッションを通じて「ちゃんと聴いてますよ」という気持ちを伝えたつもりです。
野崎 そもそも、あるコードのうえで自由に吹いて、という文化のない純邦楽の演奏者たちは、いちばん最初にみんなで音を出したとき少し戸惑っていたけど…。でも、あっという間に慣れたよね。
田辺 いやいや、ずっと戸惑ってましたよ…(笑)。
一同 (笑)
田辺 「好きに吹いていいから」って言われた時は最初「え!?」と思いました。放り出された感じというか。
野崎 純邦楽の人、あとクラシック一筋の演奏者にとって「好きにやっていいよ」という指示ほど難しいものはないかもしれませんね。
田辺 その通りです。
野崎 僕は逆にあまりに自由なので「楽譜どおり弾いて」と言われるタイプです(笑)。
――そんな難しい指示に対して、田辺さんはどのように対処し、突破したのですか?
田辺 まだ突破したとは思っていませんが、だんだん弾けるようになってきた、という実感はありますね。
野崎 すぐに弾けるようになったよ。ただ、なかなか僕が大好きな技を使ってくれなくて。「ムラ息」という必殺技があるんだけど、なかなか使ってくれなくて。
田辺 そればっかりになっちゃうのもどうかな、と思って…。
野崎 そうだよね(笑)。
西嶋 田辺さん的に思うところもあるんでしょうね
――ちなみに「ムラ息」とはどのような奏法なのでしょうか?
田辺 あえて雑音を混ぜて吹く奏法です。私としては、それが「いい音」だとは思ってなかったんですよね。うるさいとか、汚いとか、そういうイメージで。
野崎 でも、田辺さんが紹介してくれた山本邦山さんの演奏もすごく荒々しくて、そこが魅力的ですよね。
西嶋 不安定なものをよしとするというか、それをそのまま捉えるというか。
野崎 僕が思うに純邦楽ってそもそもそこが魅力的なのに、これまで純邦楽をやってきた人がいま現代の音楽と合体するときはどうしても、数字で割り切ることができる西洋音楽のフォーマットにあてはめさせられてしまいがちですよね。つまり、単にポップスのメロディーを尺八で吹いても…ということです。そうじゃなくて、和楽器が持っている本来のよさとか、演奏者が受け継いできた音色の魅力を活かして西洋音楽の何かと合体させるのが大切だと思っていて。で、そういう本質的な融合については現状、むしろ西洋人のほうが上手いかもしれない、という…。
西嶋 そうだね。
野崎 個人的には、そこにずっと疑問を感じてきました。
西嶋 むしろ西洋人のほうが、ちょっと外側から和楽器の音色とその魅力の本質を見抜いていたともいえますね。
野崎 そう。
西嶋 僕らは西洋音楽にあこがれてずっと真似してきた人たちだから、どうしても純邦楽を分析する視点にある種のバイアスがかかってしまうのかもしれません。
野崎 いま思えばDJ KRUSHさんが海外で高く評価されているのは、「日本的なもの」の本質的な魅力をちゃんと押さえていたからだと思うんです。西洋の人々が「ユニークだ」と認める「日本的なもの」と西洋音楽を合体させたものは海外でも高く評価される。たとえばJazztronikの作品なら「SAMURAI」がそうかもしれません。誰が聴いても日本的な雰囲気をたたえる楽曲に、当時世界のダンスミュージックをリードしていたブロークンビーツのリズムを組み合わせたからこそ海外の音楽ファンやDJたちに評価されたと思っています。もし「SAMURAI」が単に西洋的なメロディーを和楽器で演奏して、そこにブロークンビーツを融合させて…という曲だったら海外では誰にも届かなかったはずです。
――西洋音楽を聴いて育った日本人が和楽器や純邦楽と向き合う上でとても本質的な話を聞けた気がします。これまでになく濃密なセッションを経て『飛鶴/Hizuru』という作品が完成したわけですが、アルバムとしてパッケージ化された状態で改めて聴いてどんな印象を持ちましたか?
西嶋 「想像以上にいいな」と思いました。レコーディング中も手応えはありましたが、ミックスやマスタリングを経てより音の世界に広がりが生まれた気がします。
野崎 長い間Jazztronikの作品も関わってくれているエンジニアの池田(新治郎)さんが、今回はジャズトロのとき以上に時間をかけてやってくれてた気がします。
池田 今回は本当に多種多様な楽器がフィーチャーされているので、どれだけやっても終わりが見えなくて(笑)。自分にとってもチャレンジでしたね。Musilogueというプロジェクトを象徴するようなセッションだということはミュージシャンの編成やセッション時の演奏からも伝わってきたので、気合いを入れて取り組みました。
野崎 池田さんにとっても、関わったすべてのミュージシャンにとっても未知のプロジェクトでしたね。いろいろな事情もあって、日本ではいま面白いミュージシャンが面白い音楽をどんどん生みだす環境を整えるのが難しい状況です。一方で海外ではミュージシャン同士がつながって、どんどん集まって、新たなチャレンジをすることで素晴らしい作品が生み出されています。僕ら日本のミュージシャンもできる限り志をもって、新しいことに興味のあるミュージシャンたちが連携してどんどん面白い作品を生み出していく必要があると思っていますし、Musilogueでの活動を通じてそういう環境を整えていきたいと思っています。
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